画家・高田三徳(Takada MItsunori)の略歴
1950年 尾道市に生まれる。
国画会展にて国画賞、新人賞(2回)受賞
現代日本絵画展にて(財)渡辺翁記念文化協会賞
広島県美展大賞受賞
公募「広島の美術」佳作受賞
熊谷守一大賞展にて賞候補
青木繁記念大賞展、伊藤廉記念賞展、別府現代絵画展
上野の森美術館大賞展にて入選
国画会新人選抜展(アート・ミュージアム銀座)
国画会受賞作家展(サエグサ画廊)
三越(松山店)、天満屋(福山店)、なかた美術館(尾道)などで個展
小林和作美術振興奨励賞受賞
2010年国画会会員
2025年9月26日病魔に襲われ永眠

国画会展にて国画賞、新人賞(2回)受賞
現代日本絵画展にて(財)渡辺翁記念文化協会賞
広島県美展大賞受賞
公募「広島の美術」佳作受賞
熊谷守一大賞展にて賞候補
青木繁記念大賞展、伊藤廉記念賞展、別府現代絵画展
上野の森美術館大賞展にて入選
国画会新人選抜展(アート・ミュージアム銀座)
国画会受賞作家展(サエグサ画廊)
三越(松山店)、天満屋(福山店)、なかた美術館(尾道)などで個展
小林和作美術振興奨励賞受賞
2010年国画会会員
2025年9月26日病魔に襲われ永眠
「尾道在住の画家・高田三徳の作品」
吾輩・路地ニャン公の飼い主曰く、『高田三徳さんの絵には、通常の画家の作品のようなタイトルがない。殆どの作品は『無題』もしくは『Untitled』だ。それでも、気が向くとパステル画を描き、彼が訪れた街の名をサインの横に書くことがある。パステル画の多くは、街の風景が描かれているので、一般の人たちには馴染み易い。そしてどこを描いた絵なのか知りたがる。知りたがるから聴きたがる。だから彼は、面倒の先回りして「シエナ」とか「トスカーナ」とか書き込んでいる、と吾輩は勝手な解釈をしている。
しかし、画家・高田三徳の本領を発揮する大作には、吾輩のようなエセ美術愛好家は作品に圧倒されて、タイトルを聞く余裕はない。彼は、彼で「タイトルに関係なく自由に観て自由に感じてもらいたい。」、そして「何を描いているのかと考えないで、画面に表現されているものに貴方はどう感じるか、言い換えれば、その表現に何か魅力とかシンパシーを感じるか、まったく感じないか。そんな見方でいいと思う。だからタイトルは『Untitled』で良い。」と思っているのではないだろうか、と吾輩は推察するがご本人に聴いていないので、吾輩の勝手な思い込みとしておこう。
それにしても、彼の創り出す風景(平面や立体)は、吾輩にとっては、その色彩の美しさや清らかさ、それは自然の美しさに似て、何年眺めても飽きない魅力を放つ。
その彼は、ときおり尾道周辺のギャラリーの声かけに応じて個展を開き、絵画教室で数十人の大人たちの指南をすることで生計を立てている。この30年あまりの間、彼と付き合いその生き様をみていると、彼の心の中ではどうしても芸術への探究心が現実の経済を凌駕するという、近頃では稀な清貧の画家に近い生き方をしていると吾輩は感じるところだ。
自他共に認める経済音痴で鈍な人種に属する吾輩だ。画家・高田三徳さんを応援したいが、気持ちばかりで力がない。どこかでスポンサーが現れないか、どこかの画廊が彼の才能を買ってくれればと思うばかりで、何もできない。そんなことで、吾輩ができることとして、ビサン ゼセッションの壁面という壁に画家・高田三徳の作品を掛けさせていただいている。』
*静謐な黒を基調した市松模様の作品は、残念ながら周辺のものが画面の右端の方に写り込んでいる。写真を撮るのもド素人の吾輩の主人の失敗作である。
吾輩が一目惚れした画家・高田三徳の描いた風景
吾輩はスペース・ゼセッションでオープニングの個展を尾道在住の画家・村上選(一水会会員)さんにお願いした。そして村上選さんから紹介されたのが、やはり尾道在住の画家・高田三徳(現在、国画会会員)さんだった。当然ながら第二弾の個展は高田三徳さんに決まった。その高田三徳さんが持ち込んだ作品の一枚に一目惚れしてしまった。すべての作品に値札をつけたが、吾輩が一目惚れしたグレーを基調とした作品には売約済みの赤丸の印をつけ、観覧者が買えないようにした。その絵は今も拙宅に飾っている。画家・高田三徳さんが描く風景に魅了されて約30年、今も新鮮な喜びを感じるのだ。手持ちの彼の作品を拙宅の壁面に飾り、今も豊かな空間の日常を享受している。』




